2009年08月06日

広島

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   *   *   *

  今から14年前のことになる。息子が小学校6年生の7月、学校から帰るなり、「広島の原爆記念館に行ってみたいな。」と言った。どんな授業を受けてきたのだろうか。こんな先生に受け持っていただいて、息子は幸せ、と常日頃感じていた私は、その先生が投げかけてくださった一粒の種を大切にしたかった。翌日、新幹線の切符とホテルを予約して、その翌日には二人で広島へ。そして原爆記念館に直行した。

7月半ばだったが、日差しは真夏のように強く、背中が焼けるように暑かった。あの日もこんなだったのだろうか。

息子はその夜、食事が取れなかった。翌朝、多少フラフラしている息子を連れて、私はもう一度資料館に向かった。「お母さんは多分ここにはもう来ないと思うから、もう一度見ておきたい。外で待っていてくれる?」息子は「ウン」と言ったが、結局一緒について来て、前日よりも時間をかけて見ていた。

何か新しいことを学んだのではない。ただ、原爆が本当に落とされて、多くの人が死んだり、苦しんだりした(あるいは、苦しんでいる)ことが、「本当にあったこと」として心の中にはいってきたのだ。これでやっと、広島を考えるスタート台に立ったのだと思った。



posted by 吉家京子 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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