2012年02月23日

作品展

2012年 アトリエ・ヨシイエ 作品展

2月29日(水)〜3月4日(日)
11:00〜17:00(初日は12:00より)
アートフォーラムあざみ野 市民ギャラリー
   (田園都市線、横浜市営地下鉄 あざみ野駅より、徒歩5分)


 二年間創りためました作品を展示いたします。
ご来館をお待ちしております。


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2010年06月16日

庭の樹

私のアトリエは二階にあって、窓の外すぐ近くに、「いろはもみじ」が枝を伸ばしている。赤い芽吹き、赤い花、赤いプロペラのような種。秋の紅葉だけでなく、もみじはこんなにも赤くなりたがっているのか、と思う。このもみじ、よほど場所が気に入ったのか、7年前に移植してからぐんぐん育っている。それに、今頃になると、一節しかない小さな実生のもみじの赤ちゃんが、庭中に顔を出す。その場所で大きくなられても困るが、抜いてしまうのも寂しい。そこで、私はせっせとその苗を植木鉢に寄せ植えする。友人の家にも養子に出していて、「今年も、かわいい葉がでましたよ。」なんて知らせが入ると、嬉しい。

 今は柑橘類も花盛りだ。私が育った東京の家には、祖父が徳島から取り寄せたという柚子の樹があって、ひところは何千という実をつけた。移植を二回繰り返して小さくなってしまったが、それでも私はその柚子を死守していて、毎年柚子ジャム作りを楽しんでいる。

父は苗木を植えるのが趣味だった。主に雑木と言われるような樹が多く、「自然な感じがいいだろう!」と言って、せっせと水遣りをしていた。父が亡くなって、私は好きな樹だけ、スペースが許すだけの樹をもらった。7年前に庭造りをした時に来てくれた植木屋の親方との会話が耳に残っている。「あの樹は、どうしましょうか?」と親方。「もうスペースが無いから、諦めましょう。」と私。・・・「やっぱり、移植してください!」と私。「そうでしょう!あれはいい樹ですよ。」と満面の笑顔の親方。それは、「ごんずい」という樹。なかなか個性的で、庭に厚みを出してくれている。

私の庭は、3軒のお隣さんに囲まれている。「おはようございます!」や、「こんにちは!」と庭越しに挨拶をするのが楽しい。それでも、見えすぎはお互いに困る。お隣さんに迷惑がかからないくらい、家の明かりが見え隠れするくらい、風が通るくらいがちょうどいい。

シルバーの植木屋さんをやっている友人に手伝ってもらいながら、この庭を出来るところまで守っていきたいと思っている。

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2010年02月08日

仔犬

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ずいぶん迷っていた。「もう年齢的に、新しい犬は飼えない。」という同年齢の友人。残された時間にできるだけの仕事をしたいのなら、犬はやめた方がいいとも思った。限りある体力、時間を、どう使うか?

 

家のすぐ近くにあるペットショップで12月のある日、私はその仔犬を見つけた。決定的な出会いという確信はなかったけれど、家に連れて帰ると、その子はどうしようもなく可愛かった。「私の子」だと思った。

名前は「ナツ」。息子が幼いころ読んできかせた「タロとナーちゃん」の絵本が心に残っていて、「ナーちゃん」と呼びたかったから。

予防接種も済んで、散歩を始めて十日たった。ナーちゃんと接していると、心に積もらせ過ぎたものが消えていって、気持ちが透明になっていく。胸に抱くと、確かな命を感じて愛しい。

 

朝の散歩では、エネルギーに満ち溢れているナーちゃんに影響されて、階段を駆け上がったり、ジョギングになったり。帰宅すると、少々疲れている。これから仕事なのにまずい!と思う。でも、きっと体が慣れてくるに違いない。(・・・と思う。)

 

私はこの子のためにも元気でいなければ、と心に誓う。

犬から得るものと、費やす時間、費用、失う自由、最後まで面倒がみられるだろうか?という不安。それを天秤にかけるのは難しいが、ナーちゃんは私に、「現役バリバリ、人生真っ只中」の感覚を持ってきてくれたような気がする。やはりナーちゃんの乗っかったお皿の方が重いよ。

   
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2009年11月09日

アトリエ・ヨシイエ作品展

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アトリエ・ヨシイエ 作品展
12月1日(火)〜12月6日(日)
11:00〜17:00
横浜市民ギャラリーあざみ野 展示室1F 

約二年ぶりの教室展です。大きな会場ですので、充実した展示になるよう知恵を絞っているところです。総勢約二十人。年齢的には、私が真ん中くらい。高校時代の文化祭の乗りで、これから徐々に加速して、最高潮で作品展に突入できたらと思います。

 
話は変わりますが、ここのところモーツァルトの「フィガロの結婚」でケルビーノが歌う「自分で自分がわからない」を練習しています。歌う前に、「私は十代の男の子。すらっとした、しなやかな体の、若さみなぎる・・・」と暗示をかけるのです。すると、いくらか軽やかに歌え、高音もいくらか出るようになります。これからは、こうした作業が効果的なようです。ただ一つ困るのは、我に返った時に、どっと疲れを感じること。 

でもまあ、お客様に楽しんでいただけるよう、私たちのいい思い出になるよう、張り切っていこうと思います。

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2009年10月13日

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最近、庭に苔が目立つようになった。周囲に建物が建って、日当たりが悪くなったためだろうが、家を出入りするたびに、目を楽しませてくれている。

 

「苔」というと、自分の進路に悩んでいた14〜15歳のころ、ふと、考えたことがあった。「世の中に、苔の研究に一生を捧げる人がいるのは何故だろう。」ことさら「苔」を取り上げ考えたのは、いかにもちっぽけである、ということ。しかしその反面、美しさに惹かれてもいたのだろう。

世の中には花の咲く草もある。実をつける樹木もある。植物以外に、動物もいる。人間もいるというのに、よりにもよって、なぜ苔なのか。思春期の私は、自分が生きることの価値、意味を模索していて、答えは、とても苔の中にあるとは思えなかった。

 

では、いったい何の中に人生の意味を教えてくれる解答があるのだろうか。

私がまず出会ったのは絵画だった。色と形で表現されたものに、私の心は反応したのだった。その延長線上を、今もホームスパンというジャンルで歩き続けている。

それから文学。ドフトエフスキイの「カラマーゾフの兄弟」は、手織り界の先輩、志村ふくみさんがご本の中で取り上げていらしてびっくりしたが、私がもっとも影響を受けた小説だ。

音楽に心底揺さぶられたのは、かなり遅かったのかもしれない。しかしその分、今でも新しい分野を開拓している。この十年で根付いたのは、アルゼンチンタンゴ。アイリッシュは、この二年ほど。オペラも友人の指南で観るようになった。

 

私がこうしたものから教わったのは、結局何だったのだろう。芸術というものから教わったこと。それは、決して芸術の分野に限らない、人間の生き様に対する「愛」だったような気がする。

 今は、人間のやることは、どれも、やる人の人生の重みを内包しているものであって、どの仕事にも素晴らしい取り組み方があるのだと思っている。そして、この美しい「苔」の研究に一生を捧げる人生もまた、素敵だと思う。
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2009年09月13日

ドアのペンキ塗り

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玄関のドアにペンキを塗った。桟があるので、多少めんどうだったけれど、イメージ通りに仕上がったと満足している。

玄関はその家の顔だからと、立派に、重々しく、格調高く、と考える人もいるだろうが、そんな玄関は、私には似合わない。楽しく、明るく、ある落ち着きはあって、何よりも人が入りたくなるような、玄関というより、そんなドアがいい。

一昨年、アイルランドに行った時、ジョージアン様式の入口を沢山見た。まるで幼稚園で使うクレヨンのような、単純な赤とか青、緑などにべったり塗られているが、ドア上部は優雅な半円形のファンウィンドウに飾られ、両脇には細い柱。建物自体が落ち着いた色なので、とてもきれいだった。個人の家の入口も、質素であっても、どこか楽しげ。ペンキの色選びに、生活を大切にしている様子が伝わってきて楽しかった。

私は、すっかりアイルランドが好きになった。一番感動したのは、人々の目線が私と同じ高さにあると感じたこと。上から見下さない。下から見る卑屈さもない。あなたと私は同じ人間、という目線だ。

短い旅行で、どれほどのことが分かったのか疑問だが、帰国してから、日本人の中にアイルランド大好き人間が、驚くほど沢山いることを知った。そして、私の感じ方がそれほど的外れではなかったような感触を得ている。

私は、塗りあがったドアを見ながら、このドアから家の中に入ってくる友人のことを考えている。最後まで塗れたのは、その楽しみがあるからだ。
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2009年09月05日

ピアニストさん

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友人の まどかさんは、ピアニスト。私よりだいぶ若い友人だ。

まどかさんは、とっても忙しいと思うのに、必ず私の作品展に顔を出してくださる。

「ホームスパンの作品ができあがるまでに、沢山の工程を一つずつ積み重ねていくと思うと大変だな・・・」と感じるという。

私は、「何を言うの!」と思った。ピアニストさんこそ、小さな時から毎日毎日ピアノに向かい続けているのだし、一曲をステージで弾くために、どれほどの積み重ねが必要か!私は彼女に、ピアニストになること、ピアニストであり続けることの大変さを、分かりやすく(!)説明。彼女はしばし無言で考え込んでいた。

「あっ、今、気がついた。私はピアノをやってきたから、ホームスパンのことが分かるんだ。」

これはちょっと嬉しい発言だった。二人の心の中にしまっておいた、嬉しさ、辛さ、引きずって生きてきた現実の重さ、そんなものを入れた隠しドアが開いて、手が出てきて握手したような、そんな感じがしたのだ。

 

自分がやってきたこと、それ以上でもなく、以下でもなく、その分だけ人と繋がっていけるのかもしれない。

 
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2009年08月10日

プレゼント

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蒸し暑い日が続いている。
知人が遊びに来るというので、簡単なババロア、プリンを作った。どうせならと沢山作って、近所の友達の家にも持って行った。帰りにまた立ち寄って、容器を返していただいたのだけど、家に戻って包みを開けたら、「!」。小さな折鶴が、すべての容器に入っていた。よくよく調べたら、折り癖が何種類かあって、何人かで折ってくれたらしい。
私は家族という関係を卒業しているのだけど、こんな嬉しいことがあるなんて。人生捨てたもんじゃない!なんて、思うのです。

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2009年08月06日

広島

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  今から14年前のことになる。息子が小学校6年生の7月、学校から帰るなり、「広島の原爆記念館に行ってみたいな。」と言った。どんな授業を受けてきたのだろうか。こんな先生に受け持っていただいて、息子は幸せ、と常日頃感じていた私は、その先生が投げかけてくださった一粒の種を大切にしたかった。翌日、新幹線の切符とホテルを予約して、その翌日には二人で広島へ。そして原爆記念館に直行した。

7月半ばだったが、日差しは真夏のように強く、背中が焼けるように暑かった。あの日もこんなだったのだろうか。

息子はその夜、食事が取れなかった。翌朝、多少フラフラしている息子を連れて、私はもう一度資料館に向かった。「お母さんは多分ここにはもう来ないと思うから、もう一度見ておきたい。外で待っていてくれる?」息子は「ウン」と言ったが、結局一緒について来て、前日よりも時間をかけて見ていた。

何か新しいことを学んだのではない。ただ、原爆が本当に落とされて、多くの人が死んだり、苦しんだりした(あるいは、苦しんでいる)ことが、「本当にあったこと」として心の中にはいってきたのだ。これでやっと、広島を考えるスタート台に立ったのだと思った。

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2009年08月02日

庭仕事

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ジャムを作っている。今まで作ったジャムが何種類になったか数えてみたら、10種類はあった。そのうち、庭に生る実で作るのは、梅、柚子、直径8センチくらいの柑橘類。それから、この写真のブラックベリー。この中では何といっても柚子ジャムが美味しいと思っているが、ブラックベリーだってなかなか。
ブラックベリーは庭の隅のフェンスに絡ませてあるので、たどり着くのにクモの巣だの、蚊だの、棘だのをものともせずに、おいしいジャムのためなら、と突進していくのです。でも今朝は一大決心をして、「ホームスパンの仕事は休み!」と決めて、庭仕事にとりかかりました。藪を切り開くような仕事は大好きです。次に産まれたときには(最近、「次」を考えることが多いのです)植木屋がいいな、と思います。景色を作り出すのは素敵な仕事だと思いますので。庭をくまなく見回したおかげで、ブラックベリーのほかに、今年一番の大きさのゴーヤ(危なく黄色くするところでした)、プチトマト、青ジソ、ミョウガ、バジル、パセリを収穫。夜はゴーヤを肴に、友人を呼んでビールで乾杯。いい一日となりました。
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2009年07月20日

作品を織り上げて

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ストールを織り上げた。日曜の午後。ほっとする。織り上げたばかりのストールを、大機に掛け眺めている。誰もいない、一人の時間。
思えば、こんな一人の時間を、私はどれほど過ごしてきたのだろう。一言も発することなく、朝から夕方まで。(若いころは、夜まで。)私の頭の中、心の中は、人間の言葉がどこか隅に追いやられ、それに代わって異次元の言葉で満たされていく。人とのつながりがプツンと切れて、アトリエ自体が宙に漂っているかのようだ。
こんな時に電話がかかってくると、困るんですよ。人間の言葉が出てこなくて。「それじゃ、また・・・」と切った後で、何というぶっきらぼうな話し方なんだ!と、しばしの自己嫌悪。
そんなことがずっと続いていたのだけど、それはそれとして、最近は言葉を使った人との関わりも大切にしたいと思っている。ブログを再開するのも、その一つ。ウチに友人を招くのも大好き。体力が許せば、夜の街にも出て行く。年長の方との交流は以前から多かったが、ここのところ小学生以下の「若い」友人も持つようになった。還暦も過ぎ、先が見えてきて、どうしても遣り残したくないことを、一つずつ拾い上げているような気もする。 

「ブログ再開!」と言ったとたんに、実はパソコンが壊れました。パソコンは直りましたが、記録が失われましたので、7月5日以降にメールのやり取りをしていない方、空メールで結構です。送ってください。
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2009年06月30日

羊牧場

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北海道白糠の羊飼い、酒井伸吾さんの牧場に行った時の写真です。自分が羊達に溶け込んでいるようで、気に入っています。撮ってくれたのは、友人のヒロ子さん。彼女は、私が会いたかった、羊(愛称トトロちゃん)が、牧場の奥の方にいたのに、ずんずん近づいてきて、私の手にキスしてくれた、決定的瞬間をも写してくれました。感謝!

 

子供を沢山産み育てる。動物を沢山飼う。花を沢山咲かせる。そんな人生の豊かさに憧れる気持があります。ターシャ・テューダーさんに憧れるのも、そんな気持からでしょうか。

でも、それはもう、自分が選ばなかった人生なのです。私が選んだのは、ホームスパンという手仕事。何とか一人だけ息子を育て、両親を見送って、遅ればせながら自分の仕事に打ち込んでいる。それはそれで、幸せなことだと思います。

しかし、ここにきて私の人生に新しい展開がありました。酒井さんと知り合って、羊飼いという仕事を身近に感じられたこと。彼は動物(もちろん羊、豚、鶏、犬)を飼っていて、子供さんは四人!(いいな〜!)

人に想像力があるのは、なんて素敵なこと!東京文化圏というべき、ここあざみ野にいて、牧場の風を感じています。酒井さんが、現在進行形で羊を育てている。質問すれば答えが返ってくる。羊のぬくもりも、自分の手の平に残っている。アトリエには、酒井さんの育てた羊毛が、現に目の前に山積み。

自分が選ばなかった、そして選ばなくて惜しかったな、という気持の残る人生と、現実に選んだ人生がドッキングしていて、何とも幸せな気持になるのです。

羊飼いという果てしない労働。でも、彼がやっているのは単なる肉体労働ではなく、どんな羊を育てるのか、イメージを描くこと。それに沿って今日の仕事を決めていき、イメージを「表現」すること。・・・それって、意外でしたけど、私の仕事に似ていません?ホームスパンは手仕事ですけど、本当は、何を表現するかという、心の仕事。きっと、他の仕事をされている方も、「そうそう、私も同じ!」と言われるのではないでしょうか。そんな話を聞きたい。

 
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2009年06月27日

ブログを再開します

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今年の1月〜2月、玉川高島屋の作品展を終えて、放り出しておいたブログに再度挑戦してみようという気になった。

 

作品展をやる楽しさは、お客様との出会い。今回は、何人かのお客様が、ストールを明らかに壁掛けとして使うつもりで購入された。ある方は、居間に飾った写真を送ってくださったりもした。嬉しい!ただ、個人情報どうのこうので、芳名帳が作品展会場から消えてしまって、ほとんどのお客様と連絡が取れないのが残念。もしこのブログをご覧になったら、ぜひご連絡ください!

 

5月の連休明けに、北海道白糠の羊牧場、「羊まるごと研究所」に行ってきた。

「昨日は咲いていなかった」という蝦夷山桜に迎えられ、一面の柔らかな緑の牧草、川沿いの立ち柳、食べごろのフキ。それに、もちろん、会いたかった羊達!

長年ホームスパンをやってきたのに、生きた羊には縁がなかった。冬は結構寒くなるとはいえ、夏の高温多湿に羊飼育は向かない。輸入品に頼るほかないと信じてきた。しかし、誰が育てたのか、どこで育てたのか、一向に分からず、同じ店で買っても品質にムラがある。出荷する方だって、どこの誰がどう使うのか分からないのだから、一番の羊毛を出したくはないだろう。

しかし、日本にも、いい場所があったのだ!釧路から程近い白糠。天気予報で、日本全国の気温予想図を見て欲しい。北海道の中でも釧路は夏でも涼しいことが分かる。

その白糠で羊飼いをやっている酒井伸吾さんとは、二年ちょっとのお付き合い。母息子ほどの年齢の差はあるが、「友達」だ。彼や、彼の家族と知り合ったお陰で、私は心の中に「広〜い」牧場をもてたような気がする。酒井伸吾さんのことは、いくつかのテレビ番組が作られたので、録画か再放送で見ていただけたら。先日放映の、「WOWOW クエスト探求者たち 羊まるごとあなたのために 羊飼い 酒井伸吾」には、私もちょっぴり顔を出している。

今、私が使っている羊毛は、もはや「1キロ幾ら」というものではなく、羊飼いさんのあの苦労の結晶、あの牧場で草を食んでいた、触ると温かい、あの羊たちに頂いたものなのだ。

ラベル:ホームスパン
posted by 吉家京子 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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